★聖書外典偽典リスト ・・・(思ったより、ページが長くなってしまったので、所々、Backリンクを置いています。)

 聖書外典偽典は、ここに挙げるのだけでも200近くあります。参考文献になっているものもあったり、中にはまったく参考にならなかったり、また内容が聖書の主張と異なる異端とされるものもあったり、明らかに「偽」とされるものであったり・・いろいろあります。
ここに挙げているのがすべてではなく、他にもあるかと思います。

・↓は、新共同訳聖書の「旧約続編付き」の聖書で読めます。または、発行元の日本聖書協会HPの本文検索で選択して読むことができます。
詳細は、旧約聖書続編ページで紹介。続編に入っているのは、全部読んでみてもいいかも知れません。

トビト記
ユディト記
エステル記補遺
マカバイ記1
マカバイ記2
ソロモンの知恵
シラ書(集会の書、ベン・シラの知恵)
バルク書
エレミヤの手紙
ダニエル書補遺・スザンナ 
ダニエル書補遺・ベルと竜
ダニエル書補遺・アザルヤの祈りと三人の若者の賛歌
第一エズラ書
第四エズラ書
マナセの祈り 



「バルバロイ!」というHPで読めます。ネットで読めるようにしてくださって、主に在りまして、感謝です。 (*^o^*) 「バルバロイ!」さん、ありがとうございます。

ラテン語アダムとエバの生涯
ギリシヤ語モーセ黙示録 
「バルバロイ!」本文リンク 
全43節。彼らの視点から見た息子の殺人、失楽園の経緯、アダムの死、の話。
ギリシヤ語モーセ黙示録のタイトルと内容に関連性がなく、なにかの誤解でそのタイトルになったらしい。
ギリシヤ語エノク黙示録 「バルバロイ!」本文リンク 
 ノアの箱舟の前の話、ネフィリム巨人の逸話っぽい内容です。
〜印象的だった本文〜
 また、女奴隷〔の身分〕も、女たちに与えられたのではなく、両手の業によって〔生じたのだ〕。女奴隷が女奴隷であるのは定められたことではないのだから。上から与えられたのではなく、圧制によって生じたのである。
 汝らの魂に思い描くのはもとより、汝らの心に思い描いてはならぬ、〔彼らは〕知らず、見もせず、汝らの不正事が目撃されることもなく、それが至高者の御前で書き上げられることもないなどと。今より心得よ、汝らの不正事はすべて、日々、汝らの審判〔の日〕まで、書き上げられるであろうということを。
 そして彼らは喜び、彼らの霊が滅びることは決してなく、大いなる方の面前から永遠の全世代にわたって記憶されないこともない。だから、彼らの罵詈雑言を怖れるな。
エノク黙示録断片



「バルバロイ!」本文リンク 
 ノアの箱舟の前の話、ネフィリム巨人の逸話っぽい内容です。
天使たちが、人間の娘をめとって巨人が生まれ、いろんなワナとなる知恵を教えてそれらを魅力とし、重要な大切な永遠への事柄への関心を奪って閉ざさせたという事。それらの天使たちや巨人たちへの裁きの話。
〜印象的だった本文〜
 さらに巨人(gigantes)たちはナペーレイム(Napheleim)をもうけ、ナペーレイムたちによってエリウウド(Elioud)を生んだ。そうして彼らの大きさはいや増し、自分たちと自分たちの妻たちに施薬と呪文(epaoidia)を教えた。
 筆頭のアザエール、つまり第10番目の支配者(archon)は、軍刀(machaira)と鎧と、あらゆる戦具の作り方を教え、大地の鉱石と金を、いかにして製作するか、また、女たちのためにこれらを飾り物に作る仕方や、また銀子〔の作り方〕を〔教えた〕。さらに、選ばれた鉱石や染料で、きらびやかにし美粧することも彼らに教えた。そうして、人間どもの息子たちは自分たち自身やその娘たちのために作り、聖なることから道を踏み外し、惑い出た。
 さらにまた、彼らの筆頭支配者(protarchos)セミアザスは、理性(noos)に怒ることと、大地の植物の根を教えた。また第11番目のパルマロスは施薬、呪文、知恵、そして呪文による癒しを教えた。第9番目は星辰研究を教えた。第4番目は天文学を教えた。第8番目は星辰研究を教えた。しかし第3番目は大地の徴を教えた。しかし第7番目は太陽の徴を教えた。また第20番目は月の徴を教えた。これら全員が自分たちの妻たちや自分たちの生子たちに奥義を闡明しはじめた。その後、巨人たちは人間どもの肉をむさぼり食いはじめた
 あなたは見ておられる、アザエールが作ったかぎりのものを、彼が持ちこんだかぎりのものらを、彼が教えたかぎりのことを、つまり、諸々の不正、地上における罪、陸上のありとあらゆる罠を。というのは、彼は奥義を教え、天上のことを永遠(aion)に闡明しました。そのため、彼の生き方を、奥義を知るということを実践しているのです、人間どもの息子たちは。
 そこで彼らは、地上の人間どもの娘たちのところに通い、彼女ら同衾し、牝たちによって身をけがし、ありとあらゆる罪を彼女らに明らかにし、憎むべき魅力(misitra)の作り方を彼女らに教えた。
昼夜(アダム黙示録、アダムの遺訓)  「バルバロイ!」本文リンク 
昼の12、夜の12時間のそれぞれ1時間ごとに〜〜の祈り、○○の時間と書いているだけの書。
アポッロニオスの作。アダム黙示録、アダムの遺訓というタイトルとは一致がない内容。どの辺がアダムなのだろうと、謎で、摩訶不思議な作品。
モーセの昇天
モーセの遺訓
 「バルバロイ!」本文リンク
ラテン語のあらすじと、ギリシア語断片の訳が掲載されています。
ギリシア語の断片は、短くて飛び飛びになります。
 エスドラ黙示録  「バルバロイ!」本文リンク
エズラ(エスドラはギリシヤ発音) 
 エスドラが、神に人へのあわれみを追求する内容。
〜印象的だった本文〜
そこで(わたし)エスドラムは云った。
 「人は生まれなかったのが美しく、生を受けないのが美しいのです。言葉なきものら(aloga)〔=動物〕の方が。人間に比すればより美しいのです、〔動物は〕懲罰を受けませんから。しかるに、あなたはわたしたちを捕らえ、裁きに引き渡した。ああ、わざわいなるかな、未来永劫の罪人たちは、彼らの裁きに終わりなく、焔の消えることがないとは」。
すると神が云った。
 「おまえたちの諸々の罪は、わしの仁慈(chrestotes)を圧倒しよる」。
 エスドラ黙示録 第4書  「バルバロイ!」本文リンク
 3部分の文しかないので短いです。
 セドラクの黙示録






 「バルバロイ!」本文リンク
セドラクと神の押し問答。人をつくった理由を問い、あわれみを乞うセドラクに、神は心情を述べ、神のあわれみを語る。
〜印象的だった本文〜
愛する者たちよ、偽りのない愛(agape)よりほかに、わたしたちの尊ぶものは何もない。なぜなら、毎日毎日、夜も1刻も、わたしたちは多くのことに躓くからである。だからこそ、愛を所有するようにしよう、愛こそは大多数の罪を隠してくれるからである。いったい、何の益があろうか、わが子たちよ、わたしたちがあらゆるものを手に入れたとしても、救ってくれる愛を持っていないとしたら?……
 もしも人間を愛しておられるなら、不正の細工人(technites)たる悪魔を、何ゆえに殺されなかったのですか? 誰が眼に見えぬ霊に敵対できるでしょうか? ですから、彼は煙のように人間たちの心の中に入りこみ、これにあらゆる罪を教えるのです。彼は不死の神たるあなたに敵対します、それなのに、憐れむべき人間が彼に対していったい何ができるでしょうか? いや、憐れんでください、主人よ、そして諸々の懲罰をやめてください。さもなければ、わたし自身をも罪人たちのひとりとしてください。罪人たちを憐れまれないのなら、あなたの憐れみはどこにありますか、あなたの寛大さはどこに、主よ?」。
神が彼に言う。
 「おまえは知れ、わしが彼に命じたことは、いずれもみな和解しやすきことであった。彼を知慮ある者、天と地の相続人として作った、万事を彼に服従させた、だから、あらゆる動物は彼と彼の面前から逃げる。しかるに、彼はわたのものを受け取りながら、他人のごとき姦夫・罪人となった。どんな父親なのかわしに云ってくれ、自分の息子に〔財産を〕分与し、〔息子は〕その財産を受け取りながら、父親を置き去りにして立ち去り、他人となって、他人の奴隷となり、父親は息子が自分を見捨てたのを見て、おのが心臓を燻(いぶ)され、父親は去って自分の財産を取り、これ〔息子〕を自分の栄光から追い払う、自分の父親を置き去りにしたのだから、〔それはどんな父親なのか〕? どうなのか、驚嘆すべき妬み深き神たるわしは、万物を彼に与えた、しかるに彼はそれを取りながら、姦夫・罪人となったというのは?」。
「80歳ないし90歳、あるいは100歳まで人間が生きるとして、彼らにおいては諸々の罪の中で生きるにしても、ひとたび回心し、人間が悔い改めて生きるなら、どれだけの日数なら、あなたは彼の罪を許してくれるのですか?」。
 神が彼に言う。
 「100年ないし80年間生きても、回心して3年間悔い改め、義の果実をつくり、死が訪れるなら、わたしは彼の罪をすべて記憶していることはない」。
神が彼に言う。
 「人間が100歳の後も生き〔???〕、おのが死を思い返し、人間たちの前で告白するなら、そのときはわたしは彼を見つけ、しばらくの後、彼のすべての罪を許そう」。
 再びセドラクが言う。
 「主よ、あなたの慈悲を、あなたのこしらえもののために、もう一度懇願いたします。時は長く、彼の死は訪れず、〔死は〕間もなく自分をさらいゆこうとしています」。
 救主が彼に言う。
 「そなたにひとつの言葉を述べよう、セドラクよ、わが愛するものよ、わたしになおも哀願するのなら。罪人が40日間悔い改めるなら、彼が犯した彼の罪はすべてあたしは記憶しないでおこう」。
 「悔い改めによって、懇願(paraklesis)によって、勤行(leitourgia)によって、あふれる涙によって、熱き歎息によって、だ。そなたは知らぬのか、わたしの預言者ダウエイドは涙によって〔救われたということを〕、またそのほかのものたちも、一瞬のうちに救われたということを。そなたは知っているか? そなたは知っている、セドラクよ、律法を持たぬ族民がおり、しかも律法のことを行っているということを。洗礼を受けぬ者らがおり、それでもわたしの神的な霊が彼らの中に入りこみ、わたしの洗礼へと回心するなら、やはり彼らを、わたしの義人たちともども、アブラアムの胸のなかにわたしは受け容れるということを。さらに、わたしの洗礼を受ける者たちがいるが、しかし彼らは完全な絶望におちいった者となり、改悛する気がない。それでもわたしは彼らを待ちつづけている、多大な慈悲と多大な憐れみと富をもって、彼らが悔い改めるのを、しかるに、彼らはわたしの神性が憎むところのことをなし、質問する知者が『われわれはけっして罪人を裁くことをしない』と言うのを聞こうとしなかった。そなたはまったくわかっていない、『悔い改めた者たちはけっして懲罰を見ない』と書かれていることを。さらに彼らは使徒たちのいうことを、福音書にあるわたしの言葉も聞こうとしなかった、そしてわたしの天使たちを悲しませるのだ、実際、集会(synaxis)においても、わたしに対する勤行(leitourgia)においても、彼らはわたしの天使に近づかず、わたしの聖なる教会の中に立つこともなく、恐怖と戦慄の中に立って、礼拝もせずに、法螺吹きとなるのである、わたしが受け容れないこと、わたしの天使たちも〔受け容れない〕ことを」。
 「主よ、あなたひとりが罪なきものにして、おおいに慈悲深い方なのです、罪人たちを憐れみ、同情する方、いや、あなたの神性が云いました、『わたしがやってきたのは、義しい者たちを懲らしめるためではなく、罪人たちを悔い改めにいたらすためだ』と」。
 すると主がセドラクに云われた。
 「そなたは知らぬのか、セドラクよ、盗賊が、一瞬にして悔い改めて救われたということを。そなたは知らぬのか、わたしの使徒にして福音伝道者が一瞬にして救われたということを。<.....reccatores autem non saluantur〔しかし、罪人たちが救われることはない〕>、彼らの心臓は石のように不健全だからだ。この者たちは不敬な道を進み、アンティクリストスとともに滅ばされる者たちだ」。
 セドラクが言う。
 「わが主よ、あなたは云われたはずです、『わたしの神的な霊は、律法を持たずして律法のことを行っている族民の中にまで入りこむ』と。さらには、盗賊も使徒も福音伝道者も自余の者たちも、亡くなったらやはりあなたの王国に至るのです、わが主よ。そのように、終末の時代にあなたに罪を犯した者たちも赦してください、主よ。人生は辛労多く、悔い改めの機会は少ないのですから」。
エリヤの黙示録   「バルバロイ!」本文リンク
断片集で5部分しかなく短いですが、「眼が見たことなく、耳も聞いたことなく、人間の心に思い浮かんだこともないこと」で、ヨハネの福音書の雰囲気です。
ソポニアの黙示録   「バルバロイ!」本文リンク
断片が1部分のみで短いです。
「第五の天まで運びあげ」・・で、聖書では第3の天の話をパウロがしてましたが、ここでは、第5まであります。「王座は7倍の〔大きさで〕」は、エターナルライフさんの天国系の本で、王座がでかいという話を見た事があるので、そんな感じかなと思いました。
 ギリシア語バルク黙示録
(第三バルク書)
 「バルバロイ!」本文リンク
スラブ語エノク書やシリア語バルク黙示録と同様、バルクの天上旅行のことを述べ、第一の天から第五の天の旅行で中断されている。
ユダヤ教の立場から書いたものだけど、キリスト教徒の手も加わっているとの事。
〜感想〜(太字は、私の感想です。印象的だったもので・・。)
 「そこには人間が住んでいて、彼らの顔は牛の顔、角は鹿の顔、足は山羊の足、腰は子羊の腰をしていた。」
・・すごい容姿です。(汗)
 「アダムを惑わせた木は何ですか?」。すると天使が云った。『葡萄の木だ・・・(略)・・・『この苦さは甘さに変えられるであろう、これの呪いは祝福になるであろう、これから生じるものは神の血となるであろう、そしてこれによって人間どもの種族が罰を受けたごとく、今度はイエースウス・クリストスのおかげで、これ〔葡萄〕によって復活と、楽園への入場を授かることになろう』」。
・・ブドウだったのかぁ。りんごって話は聞いたことあります。(笑)。そういえば、聖書でやたらブドウって出るので、もしかして?!
 『あなたもご機嫌よう、われらの兄弟、美しく生をすごし者たちに黙示を説き明かす者よ』
・・なんかいい、素敵なセリフ。
 「天使たちが花でいっぱいの籠を運んでやってきた。そしてこれをミカエールに与えた。・・(略)『あの上にあるのが、義人たちの諸徳です』。このときわたしは見た、別の天使たちが、いっぱいではない空の籠を運んでくるのを。しかも悲しみつつやってきたが、あえて〔ミカエールに〕近づこうとはしなかった、褒美(brabeia)を成就することができなかったからである。するとミカエールが声をあげて言った。『あなたがたもこちらへ、天使たちよ、運んできたものを持ってきなさい』。そしてミカエールもはなはだ悲しみ、わたしといっしょの天使も〔悲しんだ〕、盃をいっぱいにできなかったからである。
そして、籠を運んできた天使たちに、その〔籠〕をオリーブ油で満たして言った。『持っていって、わたしたちの友たち、つまり、身を粉にして美しい業を働いている人たちに、報酬を百倍にして与えなさい。美しく種播く者たちは、美しく刈り集めもするのだから』。それから、いっぱいの籠を持ってきた者たちにも、空っぽの籠を持ってきた者たちにも言う。『行って、わたしたちの友たちを祝福し、主がこう言っておられると彼らに云いなさい。「汝らは少しのものを信じているので、汝らを多くのものにゆだねよう。わたしたちの主の喜びの中に入るがよい」と』。今度は向きを変えて、何も持ってこなかった者たちにも言う。『主がこう言われている。「陰気な顔つきをするな、泣くな、人間どもの息子たちを見捨ててもならぬ。いや、むしろ、連中の所業によってわたしを怒らせたゆえに、行って、連中を族民ならぬものに対して、悟りなき族民に対して、妬ませ、怒らせ、逆らわせよ。
・・花でいっぱいになった籠っていうのが表現が美しいですね。ぜひ、いっぱいにしたいものです。天使たちにも喜んで欲しいですよね。ダメだった場合、彼らがこんな嫌な思いするのかぁ、と思いました。悲しませないようにしたいものです・・。

 「わたしの声に聞き従わず、わたしの言いつけを心に留め置きさえもせず、実行もせず、それどころか、わたしの言いつけとわたしの教会を軽蔑する者となり、わたしの言葉を連中に布令した祭司たちに対する暴行者となったのだから」』。」
・・実行するって大事だなぁと思いました。なかなか勇気のいることだけど、やっぱり、しないのは良くないね。
 外伝ヨハネ黙示録1 「バルバロイ!」本文リンク
終末にどのような事が起こるのか?のヨハネの問いかけに答えていく内容。
〜印象的だった本文〜
「聞け、義人イオーアンネースよ。そのときから労苦はなく、苦痛はなく、歎息はなく、遺恨はなく、涙はなく、妬みはなく、兄弟に対する憎しみはなく、不正はなく、高慢はなく、悪口はなく、無慈悲はなく、生の思いわずらいはなく、両親や生子に対する苦労はなく、黄金に対する苦労はなく、邪悪な企てはなく、悪魔はなく、死はなく、夜はなくして、いつも昼である。
同じことを信仰ある人間たちに述べ伝えよ、彼らがほかの者たちにも教え、そして、軽視しないように。ましてわたしたちの真珠をブタどもの前に投げ捨てないように、それを彼ら〔豚たち〕の足で踏みにじるようなことの決してないように」。
外伝ヨハネ黙示録3 





「バルバロイ!」本文リンク
悔い改めた者と悔い改めなかった者の死後の話。
〜印象的だった本文〜
 というのも、邪悪な天使たちというものは存在せず、生まれることはなかったが、罪人たちの行為のせいで、天使たちも邪悪になり、諸々の懲罰の前に、永遠の時全体の間、懲罰を受けることになるところに、連れ行かれるのだ、
 すると彼にイアコーボスが言う。「いったいどうすれば、すべての魂は救われることになるのですか、罪なき者は一人もいないからには?」すると彼にイオーアンネースが言う。
 「聞きなさい、おお、イアコーボスよ、あなたがわたしに質問したその言葉は不愉快です。聖なる福音はわたしに証言している、100頭の羊(probata)を持っていて、(かりに)その中から1頭が迷子になったとしたら、99頭を山に放置して、失ったのを探しに行くのではないか。たとえ誰かが罪に惑っても、再び回心して、自分の罪のすべてを告白して聖所に出てくるなら、そのとき彼の悪魔は教会の扉から冥府まで逃げ、言うであろう。
罪人の悔い改めに、大いなる喜びが天に地に起こる。たとえ告白を明日しようとしても、罪を捨てさえすれば、聖霊は、今日、彼の内に住まう。ひとが罪を犯せば、聖霊は彼から逃げ出し、彼がみずから夜と昼の影のようにし、苦悩にさいなまれるのは、彼の内にわたしたちの主も住んでおられるからである。わたしイオーアンネースもこう言う、主イエースウス・クリストスはその第2の臨在のおりに気の毒がってくださるであろう、気の毒がってその魂を救ってくださる。だから、神の人間愛に絶望してはならぬ。ペトロスを(見よ)、わたしたちの主イエースウス・クリストスを3度否みながら〔マタイ26_69-74参照〕、再び熱き涙によってすぐに許され、熱き悔い改めによって天の鍵を持つ者となったということを。姦淫ならば、淫婦マリアを見よ、1703人の男たちにを相手に罪を犯したが、外国人はもとより同市民をさえ知ることをせず、心弱いこの女は熱き涙によって、自分のすべての罪をぬぐい去ったということを。人殺しにして熱く悔い改めた者ならば、マナッセースを見よ、自分の息子を偶像にして、供犠をなし、長老たち40人を殺し、ヘーサイアス〔イザヤ〕を鋸でひき殺した、しかるに、40日にいたるまで、呻吟と涙の熱き回心によって、深淵は充たされ、数多の罪から許されたということを。盗賊をも見よ、盗みや人殺し、みずからも99人の人殺しをなし、しかるに熱き信仰と大いなる助命の叫びによって、十字架のうえで、『わたしを思い出してください、主よ、あなたの王国で』〔ルカ23_40-43〕と云って、楽園を受けたということを。姦夫ならば、預言者ダウイデを見よ、ウウリアの妻ベールサベエを取り、他にも99人の女を手に入れたところの。しかし全霊をあげて預言者ナタンに告白し、火の両刃剣から身をかわして、神の父(theopator)として座についている。さらにまたクレーテー人アンドレアスをあなたに指摘しよう、彼もまた自分の母親と姦通したが、清浄な悔い改めによって、讃美歌の歌い手かつ神的な書物の雄弁家となり、監督の座を受けた。マゴス僧にして人殺しなら、キュプリアノスを見よ、みずからも悪霊たちの種族の生まれで、1030人の幼児を殺戮し、他にもみずからを目立った者となし、八つ裂きにして〔???〕、多くの人たちを神の道から外れさせた。しかるに、正しい回心(と)熱き告白とによって、精霊たちの軍勢に勝利し、監督者たちと同じ座につき、神への奉仕者(leitourgos)となったということを。こ〔の言葉〕をあなたに言おう。『ああ、わざわいなるかな、悔い改めない者たちは、無法のうちに死んで、クリストスの甦りを観ず、精霊たちもろとも懲罰を受けるために冥府におもむくとは、それは、あたかも福音が謂うとおり、『すなわち、罪を作る者はすべて罪の奴隷であり』〔ヨハネ8_34〕、罪は悪魔の息子である。悔い改めない者たちは悪魔が受け取り、これを彼〔罪を作る者〕の父なる悪魔のところに連れ行く。しかし、罪人が悔い改める前に供犠をなすなら、主を激昂させる、預言者が謂うとおりに。つまり、『罪人の供犠は主にとって忌まわしく、彼の祈りは、悔い改めないなら罪を50倍にして、呪われたものとなろう、彼の頭の毛は白くなるからである』。
 悔い改めた者にはみな主が耳を傾けられて言われる。『罪人の死を望まぬ。(彼が)回心して生きるために』。
「わたしたちに云ってください、イオーアンネース、諸教会や山々や物乞いたちの中に宝をたくわえる人たちについて。代価は何ですか?」。使徒イオーアンネースが彼に言う。「喜捨する者(hilaros dotes)を主は愛される〔IIコリント9_7〕ということです。何であれ、人が施しをすれば、百倍を報いられる。〔その人が〕弱弱者であるなら、それ〔病弱〕は軽減され、九十倍を報いられる。そしてひとが命終し、自分の従者に言う、『わたしの持ち物をくれ、ひとつは家令が持ち、ひとつの分け前は死者のもの』。〔???〕
 確信をもちなさい、聴衆の兄弟たちよ。ひとが死んだ後には、悔い改めはなく、後悔する者たちに対する許し(synchoresis)もない。いや、あなたがたにもう一度言おう、わたしたちの神の人間愛を失望させてはならない、〔神〕ご自身が云っておられるからだ。『わたしのもとにやってくるひとを、外に追い出すことはけっしてしない』と。栄光と力は、永遠の永遠にいたるまでこの方のもの、アメーン。
 パピアス断片集 「バルバロイ!」本文リンク
使徒たちが死んだ後の時代で、長老たちから使徒たちの話を聞くも、誰々が何を言ったとかの確認の記録。当時、いろんな情報があって、混乱していて自分なりに整理した・・・というような書。 
使徒教父文書。
シュビラの託宣








「バルバロイ!」本文リンク
 けっこう長い話です。「シビュラとは、ラテン語で女預言者ないし女占い師を意味する。」だそうです。聖書の預言者のイメージというよりかは、異国の預言者、占い師というイメージの女性でしょう。中には、ありえないくらい長生きしたという、いろんなイメージがついている「シュビラ」です。
 アダムやノア、イエス様、再臨や裁きの聖書のあらすじ紹介っぽい話、なぜかギリシヤ神話の神々が出てきて、預言書をパクったような諸国への裁き・・。詩的な美しい文のような印象を受けます。
〜印象的だった本文〜
 また、天の都への凱旋入城を祝う大行進があるであろう。
 またそのとき、すべての民はみごとな勝利〔に与えられる〕不死の褒美を目指して技を競うであろう。そこではだれも恥知らずに銀で冠を買うことはできない。というのは、聖なるキリストがこの人たちに対し判決を下し、ふさわしい人々には冠を与え、殉教者たち、死に至るまで競技を行なった人々には、不死の賞品をお与えになるからである。また、みごとに走った無垢の人々には、決まりの不滅の褒美をお与えになるであろう。
 結婚を愛し、姦淫を慎む人々、その人たちにも彼は豊かな賜物、永遠の希望をお与えになるであろう。というのは、人々の魂は皆、神の賜物である。そして、それをどんなものによってであれ汚して苦しめることは、人間には許されていない。
 不正な仕方で富むことなかれ、神意にかなった生き方をすべし。現にあるものどもに満足し、他人のものから身を離すべし。
虚偽を口走るな、すべて真実を守れ。
(むなしい偶像を崇拝するな。不滅なものを常に〔崇拝せよ〕)。
〔つまり〕第一に神を尊べ、次いで汝の親を。
すべて義しいことどもを分け与えよ、不正な裁きにかかわるな。
不正な仕方で貧しさを棄ててはならぬ、顔で判断するな。
〔というのは〕もしもおまえが悪い仕方で裁くなら、その後で神がおまえを裁くだろう。
虚偽の証言を避けよ、義しいことどもを裁定せよ。
抵当をとっておけ。ただし万事において愛(ajgavph)を守れ。
義しい量りで分け与えよ。ただし、量りをたっぷりすることはよろずに美しい。
偽誓するな、知らず知らずにも、故意にも。
〔というのは〕偽りの誓いを神は嫌いたもう、ひとが何を誓おうとも。
(不正な所業からの贈り物をけっして手に受けるな)。
種を盗むな。いまわしい者は誰でも連行される
報酬は労苦する者に与えよ。貧しい者を迫害するな。
われわれは舌に理性を持つ。心の中に隠された言葉を強くせよ。
(孤児、やもめ、困窮者たちには施与すべし)。
不正しようとしてはならぬ、それから、不正者を放任してもならない。
物乞いたちにすぐに与えよ、明日になったらと云ってはならない。
(穀物の穂を必要とする汗する手に施与すべし。
施しをする者は、神に貸しありと知れ。
憐れみは死から救う、裁きがやってきたときに。
供儀をではない、供儀の代わりに神は憐れみを望む。[だから]裸の者に着せよ、貧しい者たちにおまえのパンを分け与えよ。
屋根なき者を家に迎え、盲人を道案内せよ。
難船者たちを憐れめ。船旅は人目につかないからである。
倒れた者に手をさしのべよ。孤立した者を救え。
受難は万人に共通であり、人生は車輪、栄華は不確かである。
富を有するおまえの手を、貧しい者たちにさしのべよ。神がおまえに与えたもの、それを必要とする者に施与すべし。
物言う〔人間ども〕の生は共通だが、手に入れるのは不平等である。
(貧しい者を見ても、彼らをけっして軽蔑するな。
誰か罵られているひとを、悪くいってはならない。
生きることは死によって審査される。もしひとが、法に外れたこととか義しいことを為したら、裁きの場に行ったとき、審判される。
心を酒で害してはならない、法外に飲んでもならない。
血を喰らうな、偶像に対する生贄から離れていよ。)
殺人のために剣を身に帯びるな、〔帯びるのは〕自衛のためにせよ。
しかし、どうか〔殺人を〕望まぬように、法に外れた仕方でも義しい仕方でも。というのも、敵を殺したとしても、おまえはおまえの手を穢すからである。
粗野な隣人から離れていよ、だからといって侵害もするな。〔というのは〕境界はすべて義しいが、越境は痛ましい。
神法に遵う者たちの所有は役立つが、不正な者たちのは邪悪である。
畑に何か成長するものを台無しにしてはならない。
また、寄留者たちは市民の中にあって同じ位であるべし。
なぜなら、誰しもが苦労の多い居留外国人の地位を経験するだろうから、(お互いに外国人として。だが、あなたがたの中に外国人というものはいないだろう、はかなき者みながひとつの血筋の出なのだから、)
土地は人間どもにとって確実な場所ではない。
(富むことを望むな、祈るな。いや、こう祈れ、わずかなもので生きますように、不正なものは何ひとつ持たずに、と。)
愛銭はあらゆる性悪の母である。
(金とか銀とかに対する渇望があってはならない。それらにはまた心をそこなう両刃の鉄があるだろう。)
金と銀は、人間どもにとって常に奸計である。金よ、諸悪の初めよ、あらゆる難事において生をそこなうものよ、どうか、おまえが、死すべき者らにとって、慕わしい禍害でありませんように。
というのは、おまえの狙いは戦い、掠奪、人殺しであって、子は親にとって、兄弟は親族にとって敵だからである。
(奸計をたくらむな。友に対して心を武装するな。)
別の想い(novoV)を心に覆いかくすことなく、捉えよ。
岩にしがみつくタコと同じく、地所を変えるな。
誰に対しても単純であれ、魂から出ることを捉えよ。
知恵を自慢するな、権勢があっても富んでいても。
近所に住む悪人たちにおまえの心を浪費するな。
なぜなら、手に入れたものを手をつけないでおくことはもはやできないからである。
真っ逆さまに手中に落ちるな。粗野な怒りを抑えよ。
なぜなら、不本意に打たれた者がしばしば人殺しをしでかすからである。
受難は共通とせよ、大きくも圧倒的でもない。
過剰な善は、死すべき者らにとって役立つものとならない。
おびただしい贅沢は、恋する者たちを度外れへと引きずりゆく。
豊かな富は高ぶって、暴慢に成長する。
気性(qumovV)は、狂気に支配されると、凶悪(ajloovfrwn)をもたらす。
怒りは衝動であるが、度を超えた〔怒り〕は忿怒である。
諸善の熱望は善であるが、諸々の劣悪の〔熱望〕は劣悪である。
諸悪の敢行はおぞましいが、諸善のそれは利得を授ける。
徳を恋する者は真面目であるが、キュプリス〔アフロディーテ〕の羞恥は義務である。

*快楽は心優しいと*市民たちの間で呼ばれている。
適度に食べ、飲み、物語せよ。
適度が何にもまして最善である。越境は痛ましい。
(妬むな、不誠実であるな、罵るな、無分別であるな、度外れた欺瞞者であるな。)
慎みを修練せよ、醜い業から離れていよ。
性悪を真似るな、正義に見放された者を防げ。
なぜなら、説得は役立つが、争いは争いを植えつけなおすから。
あまりに速く信じるな、精確に限界を目にするまでは。

これは競い合い(ajgwvn)であり、これが褒美であり、これが賞品である。

これが生命の門であり、不死の入口である。〔この入口は〕天の神が最義しい人間どものために、勝利の褒美としてお立てになったものである。だから、栄光の冠をうける人々は、これを通過するであろう。

すべての世にわたってほろぼされるであろう。すなわち、以前に悪事を行なった者、殺人を犯した者、関知している者、嘘つき、泥棒、狡猾な恐るべき道楽者、寄食者、姦通者、悪い噂をたてる者、恐るべき乱暴者、無法者、偶像崇拝者たち、また何びとであれ、大いなる不死なる神をなおざりにした者ども、涜神の徒となった者、敬虔な人々を略奪する者ども、信徒を殺す者、義人たちの命を奪う者ども、また何びとであれ、狡知にみちた、恥知らずの、裏表のある顔で威厳のある長老、執事でありながら、〔人を〕覗きこむ者ども、他人に対し不正に裁きを行う*恥知らずな者ども、偽りのことばに説得され.......、豹や狼よりも獰猛で[極悪な者ども]。また何びとであれ、大変に尊大な者どもや高利貸――家ごとに、利子には利子をつけて集め、孤児とやもめと[それぞれ]を痛めつける者ども、また何びとであれ、やもめと孤児たちに不正な仕事の中から与える者ども、また何びとであれ、自分自身の厄介な仕事を 分け与えておきながら、悪罵する者ども。また、老年になった両親をまるで報恩せずに遺棄する者ども、両親に養育の料を返さない者ども、それどころか、聴き従わず、さらには、生みの親に粗野な言葉を言い返すかぎりの者ども。また何びとであれ、信仰を与えられながら、否認する者ども。また、奉公しながら、主人に反抗するかぎりの者ども、さらにまた、肉〔体〕を放埒によって穢した者ども、また何びとであれ、ひそかに交わって、処女の帯を解いた者ども、また、胎の児を降ろしたかぎりの女たち、また、不法な仕方で子を追い出すかぎりの者ども。毒を盛る男、あるいは、それとともに毒を盛る女、この者どもを天にある不滅の神の怒りが柱に近づけ〔晒し者にする〕であろう。

他方、正義と、よいわざと、そして敬虔と、きわめて義しい考えとが関心事であったものたちを、天使たちはとり上げて、燃える川を通り、光へ、心配事から自由な生命へと導くであろう。
土地はすべての人の所有となり、垣根や柵で区分けされてはおらず、自力でたくさんの実りをもたらすであろう。

渇く者に飲み物を、裸の身体には衣服を与え、自分自身の困難の中から聖い手でそれらを捏供しなさい。
圧迫されているものの味方となり、抑圧されているものの側に立ち、〔そのようにして〕生けるものであるわたしに生ける犠牲を献げなさい。
今は水の中に種を播きなさい。そうすればわたしもおまえに不死の果を与えよう。またおまえは永遠の光を、色あせることのない生命を持つであろう。火によってわたしがすべての人を吟味するときに。わたしはすべてのものを溶解し、浄いものを選別し、天を旋回させ、大地の奥底を開くであろう。

むしろ、純粋な思いと楽しい気分とで喜びつつ、豊かな愛と物惜しみしない手、優しい讃美の声と神にふさわしい歌とをもって、絶えず、偽りを混じえずにあなたに讃美を献げるよう、われわれは呼びかけられている。

・「AD NOVAM TRINITATEM」というHPで読めます。ネットで読めるようにしてくださって、主に在りまして、感謝です。 (*^o^*) 「AD NOVAM TRINITATEM」さん、ありがとうございます。

 詩篇151 AD NOVAM TRINITATEM本文
ゴリアテと戦った時のダビデの詩。
 ラオデキア人への手紙   AD NOVAM TRINITATEM本文

G・・ナグ・ハマディ文書(グノーシス主義)
A・・使徒教父文書(使徒の後の時代の教父たちローマのクレメンス、アンティオキアのイグナティオス、ポリュカルポスによるもの)

第二エズラ書
第三エズラ書
マカバイ記3
マカバイ記4 2マカベヤのエレアザルと、7人の息子と母親の殉教への称賛の話。
外典創世記

アブラハムの遺訓
アブラハムの黙示録
イサクの遺訓
エズラ(第四エズラ、黙示録、啓示、幻)
エノク(第1〜3エノク書)
十二族長の遺訓
ヤコブの梯子、祈り
ヨセフの歴史、祈り
アリステアスの手紙
ヨセフとアセナテ
ヤンネとヤンブレ
パピアスの断片 パピ断
アリステアス
エレミヤ余談
エリヤ書
ゼパニヤの黙示録、
ヘライレイトス第四
第七書簡
アリステアスの手紙
アイスキュロス、
アリストブロス
アルタパノス
アブラハムの子イサクの物語
エゼキエル(悲劇作家)
エゼキエルのアポクリュフォン
オルペウス
クレオデモス
ソポクレス
宝の洞窟
ディピロス
テオドトス
デメテリオス
ヘカタイオス(TU)
ポキュリデス、
スラヴ語エノク書
エチオピア語エノク書
ピルケ・アボス
ヨベル書
ソロモンの知恵
ソロモンの詩篇
ソロモンの遺訓
ソロモン王の遺言集
シリア語バルク黙示録
預言者の生涯
イザヤの殉教
イザヤの昇天
ヨブの遺訓
ヨブ記補遺
ヨセフとアセナテ
共同体の規則
ダマスコ文書
戦いの巻物
ハバクク書注解
感謝の詩篇(ホダーヨート)
神殿の巻物
賢者アヒカルの物語
フィロンの聖書古代誌

アグラファ
Gアダムの黙示録
アブガルとイエスの往復書簡
アペレスの福音書
アラビア語によるイエスの幼時福音
Gアルコーンの本質
Gアロゲネース
アンデレ行伝
イェウの二つの書
イエス・キリストの叡智
Gイエスの知恵
イエス・キリストのソフィア
イエスとヨハネの対話の断片
Aイグナティオスの手紙
Gヴァレンティノス派の解説
Gエジプト人による福音
エピオン派福音書
エルケサイの書
エジアトン・パピルス2
オクシリンコス・パヒルス840
オクシリンコス・パピルス645
オクシリンコス・パピルス1
オクシリンコス・パピルス655
オクシリンコス・パピルス1224
G大いなるセツの第二の教え
G雷・全きヌース
カイロ・パピルス10735
Aクレメンスの手紙一
Aクレメンスの手紙ニ
グノーシスの解釈
ケリントスの福音書
Gこの世の紀元について
コプト語エジプト人の福音書
コプト語パウロ黙示録
コプト語ペテロ黙示録
コプト語ヤコブのポアクリュフォン
G三部の教え
G三体のプローテンノイア
シュビラの託宣
Gシルヴァノスの教え
Gシャームの釈義
使徒たちの書簡
G真正な教え
G真理の福音書 コプト語
真理の遺言
G真理の証言
救い主による福音
G救主の対話
ストラスブール・パピルス
G聖なるエウグノストス
聖エウグノストスの手紙
Gセツの三つの柱
セネカとパウロの往復書簡
ソロモンの頌歌
ソポニアの黙示録
G魂の解明
G知識の解明
Gヅストリアヌス
テトスの書簡
Aディダケー(十二使徒の教え)
Aディオグネトスへの手紙
G闘技者トマスの書
トマスによるイエスの幼時物語
Gトマスによる福音書
トマス行伝
トマスの黙示録
ナザレ人福音書
ナハシュ派詩篇
ニコデモによる福音書 (ピラト行伝)
Gノレアの思想
バシリデスの福音書
Gバシリデスの教説
バルデサーネスの福音書
パウロ行伝
パウロ・テクラ行伝
G使徒パウロの祈
使徒パウロのラオディキアの信徒とセネカへの手紙
Gバルクの書(第二バルク書・・シリア語バルクの黙示録、第三バルク書・・ギリシヤ語バルクの黙示録、第四バルク書・・バルクの言葉の残余)
Gパウロの黙示録
パウロとコリント人との往復書簡 三コリ
Aバルナバの手紙(バルナバ書)
ピスティア・ソフィア
ファイユーム断片
フリア・ロギオン
Gフィリポ(ピリポ)による福音書
Gヒプシフロネー
Gピリポに送ったペテロの手紙
Gプトレマイオスの教説
G復活に関する教え
ヘブル人福音書
ペトロ行伝
ペトロによる福音書 (ペテロ福音書)
Gペトロの黙示録
Gペテロと12使徒の行伝
ペテロの宣教
ペテロの説教
ペテロの手紙
Aヘルマスの牧者
Aポリュカルポスの手紙
Aポリュカルポスの殉教
マタイによるイエスの幼時福音
Gマリアによる福音書(マグダラのマリア福音書)
マリアの質問
マリアの「ゲンナ」
マルキオンの福音書
マルコによるイエスの幼時福音
Gマルサネス
マッテヤ福音書
マニの福音書
Gメルキゼデク
ヤコブによる原福音 (ヤコブ原福音)
Gヤコブ黙示録(1)
Gヤコブ黙示録(2)
Gヤコブのアポクリュフォン
ユダヤ人による福音
ユダによる福音書
ヨハネ行伝
Gヨハネのアポクリュホン
Gわれらの大いなる力の概念


inserted by FC2 system