★安息日(ヘブライ語でシャバット
毎週金曜日の日没から、土曜日の日没までの期間。

出20:8 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。
20:9 六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。
20:10 しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。
――あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も。――
20:11 それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。
それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。

安息日は、天地創造の7日目に、神様が御業を完成させ休まれ、祝福された日です。
ユダヤ教の1日は、創世記のように、夕方から始まり、翌日の夕方に終わります。
神様が御業を完成され、祝福し、休まれたので、休む日、聖別された日として、覚える日とされています。

(↓参考までにどんな感じかの雰囲気で。)
・ユダヤ教の安息日の迎え方
昔は、金曜の日暮れに、シナゴークの屋上からユダヤ教の教師ラビが、
羊の角笛(ショファール)を3回ふいて、安息日の始まりを知らせていました。
テーブルには、前もって食事が用意されていて、
人々は晴れ着を着ていて、男性は祈り用のショールをかぶります。

安息日夕食
夕食と一緒に、二本の蜀台、ぶどう酒(ジュース)、二つのパン(ハラーブレッド)が用意されます。

金曜日の日没前に、家庭でその家の主婦が2本のローソク
(1本は「シャバットを覚える」、もう1本は「シャバットを守る」の意味)を灯す瞬間からシャバットになります。
多くの家庭では日没前18分前にシャバットを始めます。
18をヘブライ数字で表すと「生きている」 という意味にちなんでだそうで、 律法で決まっているわけではありません。
天地創造は神様が「光あれ!」と命じるところから始まりましたので、シャバット前にローソクを灯すのは、そんなイメージです。
点火の祈りをする。安息日を迎える感謝をして始めます。

家長がふどう酒をかかげ、安息日を祝います。食事をしながら祈りの言葉を唱えたり、歌ったりします。
会堂の礼拝は土曜日に行きます。
喜びの日なので、夕食を遅くし、できるだけゆっくり過ごすようです。

 旧約聖書の「シャバットを聖とする」とありますが、「聖とする」は「妻とする」という意味もあり、
妻を娶るような気持ちで迎えるという伝統があります。
 金曜日の夕方に礼服を着て外に行き、「女王なるシャバットを迎えに行こう」と呼びかけるラビがいて、
その後、シャバットという女王と出会う時と言われるようになった。
それで、いつもよりいい服を着る習慣があります。

安息日は家族で過ごし、普段の苦労を忘れます。
 

★ キリスト教の安息日?!は、誤解。

教会で間違って、あるいは知らないで、
日曜日を安息日」だと教えているのをよく見かけたり、聞いたりします。

そもそも日曜は安息日ではないので、
安息日の聖句を引用して、日曜礼拝厳守の説得は、できません。

曜日や、安息日の規定や、守り方も違いますので、
「日曜礼拝に出ることで、安息日を守っている」ことにはなりません。


例えば、安息日を守るには、一定の距離以内しか移動できないので、教会が遠ければ通えません。
電源を入れてはいけない等、他にもいろいろ規律があります。
ユダヤ教の人の安息日の過ごし方を知ればわかると思いますが、
はっきり言って、クリスチャンは安息日を守っていません。
・・というか、異邦人クリスチャンにとってみれば、文化的に安息日を守れる環境にありませんので、
守るとすると、できるだけ人々と関わらずに生きる、隔離された生活をしている人でないと、できないでしょう。



★ キリスト教の日曜礼拝は、「主日(しゅじつ)礼拝」です。

現在のキリスト教は、日曜に礼拝していますが、これは「主日礼拝」と言います。
日曜日の礼拝は、安息日礼拝では、ありません。
「安息日礼拝」は、金曜の日没〜土曜の日没の間にするもので、基本的に土曜にします。

・理解して教えている教会は、言い方を、区別しています。

土曜日日没前に礼拝 → 安息日礼拝
日曜日に礼拝  →  主日礼拝



★ 土曜から日曜に礼拝するようになった理由

福音書によると、もともとは、イエス様や使徒達は、「土曜日」の安息日礼拝をしていました。
ユダヤ教の会堂から、離れなかったのです。
ユダヤ教の礼拝で、礼拝していました。

《 キリスト教が日曜に礼拝するようになった諸説 》


1、日曜礼拝は異教徒の太陽崇拝が由来

昔のロ-マでは、第一日目の日曜日を、太陽の日(Sunday)として崇拝していたそうです。
クリスマスもそうでしたが、太陽神とのすり替えです。

現代、仕事が月曜から始まる会社が多いので、
週の初めは、月曜だと思う人もいますが、週の始まりは「日曜」です
名前的にも「月・火・水・木・金・土・日」では、おかしいです。
名前からして「日・月・火・水・木・金・土」で、太陽の日から始まります。

 

2、ニカイヤ公会議

4世紀のニカイヤ公会議で、コンスタンティヌス帝が日曜日を安息日とした。
「ユダヤ教との分離が目的」と言われていますが、キリスト教はユダヤ教とは切れない縁ですから、切ってはまずいですね。
むしろ、ユダヤ教を知れば、キリスト教がよくわかります。
イエス様や使徒達は、ユダヤ教徒として、祭や会堂にも行かれましたから、
聖書背景を学んだり、知るためには、ユダヤ教は必要です。
キリスト教からユダヤ的なものを排除しようとしたのが狙いで、
悲しいことに、当時のユダヤ人クリスチャンは追い出され、迫害されました。
こういう動機なら、問題です。
 

3、 主イエスの復活した日

日曜にうつした理由で、現在よく言われているのが、「イエス様の復活した日だから」という理由です。
復活を覚えて、日曜を主日と呼び、主日礼拝をする・・という事です。

ただ、安息日という意味でしたら、イエス様でさえ、安息日には、あえて復活されませんでした。
言い換えれば、そこまで安息日を厳守されました。

日曜は、安息日ではなく、主日という理解が正しいです。
キリスト教が日曜に礼拝を持つのは、3番の理由からです。

しかし、2、ニカイヤ公会議の、ユダヤ人を追い出すという理由で、
主日ではなく、聖書の「安息日」を日曜に変更した・・という場合は、問題です。
変更すれば、ユダヤ人が参加できないからです。

主日礼拝は、土曜が安息日のユダヤ人にとって見れば、参加しずらそうです

ユダヤ人に重荷を持っている方は、土曜にしたほうが良いかもしれません。



★ 安息日は守るべきか

守れるなら、守ったほうがいいと思います。
クリスチャンは新約の民ですから、強要はできないけれども、旧約聖書で神様が言われたことに思いをはせる、良い日だと思います。
最近は「過越」などの祭の追体験をするクリスチャンも増えています。
体験することで聖書を味わいやすくなるようです。
ただ、ユダヤ教どおりの安息日の守り方は、日本では難しいでしょう。

日本は働きすぎで、病気になり、体を壊す人が多いですので、安息は必要です。
逆に、安息日を体験したら、安息のありがたみや意味がしみ込むのではないでしょうか?
現状、休みが安息日に取れるとは限らないので、曜日の厳守は難しいでしょう。
でも、いつになろうが、とりあえず、休む日は必要です。

最初に、イエス様の誕生の知らせを聞いたのは、安息日が守れない羊飼いでした。
ダビデも羊飼いです。
そして、神様ご自身が「わたしは良い羊飼い」と、聖書で言われてます。

いつ休めるとは言えなくても、とりあえず、自分の休める日にちを、
可能であれば、ちゃんと取ることをお勧めします。
全く取れない場合は、所々休める時間を、うまく作って休息しましょう。






・祈り

「父なる神様、天地創造主なるあなたを賛美します。
あなたが天地創造をして御業を完成され、7日目に休まれました。
そして、その日を安息日として守るよう聖書で言われましたが、
私たちクリスチャンはいつの間にか、無知ゆえに日曜日を安息日だと主張していた事をゆるしてください。
あなたが聖書で厳格に語られたことを恐れ多くも歪めてしまいましたことを、ゆるしてください。
そして、それによって、歴史の中においても、いろんな人に害を与えたり、苦しめたり、イスラエルの人たちに対しても苦しく嫌な思いをさせてきました。
その間違いを認めます。おゆるしください。知らなかったで済む問題ではありません。
私たちは、あなたが命じられた金曜の日没〜土曜の日没を安息日として認めます。
そのことに気がつきます。教会を祝福してくださるように祈ります。
 また、安息日どころか、休みの無い人たちが日本には多くいますが、その人たちにも目を注ぎ、祝福してください。
霊、心、肉体のすべてを祝福して支えてください。そして良い場所へ導いてください。イエス様のお名前で祈ります。」

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