主ノ宮 光の救いの証(体験)

そして、中学から高校に行く時期になる。
高校受験をしなければならない。
15で死ぬつもりの私にとって、どうでもいい事だった。
受けないつもりでいたが、先生とか周りがうるさい。
面倒なので、「すぐ近くの高校でいい」と言った。
そこがどれだけのレベルなのか知らなかったけど。
勉強も全くしなかった。中学の時もまったくしてなかったけど。
だいたい小学校の時からだけど、親が夜中に帰ってきて、
そこからケンカをいつも私が止めていて、
(姉は部屋から怖がって出てこない)
夜中にいちいち電話も来てFAXも受信して、
いつも寝不足だった。
ケンカの後だって、興奮してるわけだし、すぐ寝れるか?でしょう。
刃物も出ることもあるし。
小学生の時から、子供が震える足で自分の倍はある大きな大人に
立ち向かわなきゃいけない。
あの断末魔のような激しい咆哮の中・・・毎日。
いつも殴りあう両親を一人で止めに入る。
そのうち、罵声も自分に向けられる。
「おまえは悪いヤツだ!」ってね。
たいてい力は女のほうが弱いから、母がコブシで殴られた後が腫れる。
私が止めなきゃ、死んでただろう。
たまに止めないほうがいいのか?と思う時もあったけど、
でもとりあえず、あの断末魔の叫びが聞こえると思考が停止するので、
それどころではなくなる。

高校受験も勉強しなかった。
面接も、「なぜ、この高校を選びましたか?」の質問で、
「商業科があるから・・」とマニュアルどおりの答えをしてみる。
すると「他にも商業化の学校ありますよね?」と質問。
「バカだから・・」と正直に答えた。
面接は親同伴で、母は耳が聞こえないから父がきていた。
さすがに、「あれは落ちただろう・・・」と帰り言っていた。
私は別にいいので、無言だった。

しかし、なんと受かってしまった。
どうせ後は死ぬだけだから、無駄なのに・・と思い、とりあえず、まだタイムリミットはあるから
高校に行ってみた。
知らなかったけど、キリスト教の学校だった。
だからと言って、特になにも感じない。
朝の礼拝は特に魅力を感じないし、聖書の授業もあるが、つまんないだけ。
朝の礼拝でバタバタ貧血で倒れる子も出る。
友人は貧血ぎみの子で、朝の礼拝がきつくて高校をやめた。

キリスト教の学校といっても、クリスチャンは少ない。クラスに1人いるかいないかだ。
先生も半分はクリスチャンではない。
たまたま、私の席の隣が、それだった。
なんか不思議な雰囲気の子で、変わってる感じ。
面白さがギャップだった。
夏休み、学校で、「日曜教会へ行ってレポート書け!」という宿題があった。
私は、近くの福音派の教会でカタイ礼拝に出て、レポートを書いた。
そういう礼拝で興味を持ったわけではないけど、
たぶん、隣の子が面白そうな話をするので、聖書の神というのに興味が沸いた。
夏休み、聖書を全部読んだ。
印象は、自分が思っていた神社やお寺の動かない神とは違い、
すごいアグレッシブで動いているイメージ。
喜怒哀楽の感情がある、こんなにも意志をはっきり持っているんだ。
私の今までの物言わぬ神のイメージを一新した。

「こんなに意見があって、動く神様が本当の神様なら、
私をどう思っているのか?こんな苦労している私に、
なにか言うことはないのか?」と思った。

そのうち、その隣の子が行っている教会に誘われる。
そこはカタイ礼拝とは違い、歌いやすい曲で元気に賛美するところだった。
初日で、牧師に「神様信じますか?」と言われ、「はい」と答えた。
救われたかったし、早く洗礼を受けたかった。
ワラにもすがる思いだった。

そして牧師の都合も合う時に、洗礼を受けた、
「さあ、これで、なにかが変わるぞ!」と期待した。

しかし、なんの変化がなく数日過ぎた・・・。
11月上旬だったと思う。
親のケンカの声で目が覚めた。
起き上がって時計を見ると、朝の5時。
なんかもう、洗礼を受けてまで求めたのに、なにも変わらなかった・・・。
もういいや。もう止める気力もない。
私は、死を覚悟した。
ただ、時間がまだ早かった。
少し寝て、片道キップで樹海に行こう。
荷物はいらない。私の肉も獣に喰われて跡形もなくなってしまえばいい、
骨もばらばらに散乱すればいい、と思った。
誰にも知られず、ひっそりと消えようと思った。
最初から生まれてこなければ良かったんだ。
どんな惨めな死に方でもいいよ、最初からいなければ良かっただけのことなんだ。
そして、最後に「神様、あなたが悪いんですよ。
私は求めたのに、あなたは答えてくれなかった。
それとも、私が嫌いなのですか?
それなら仕方ないでしょう。私が死ぬのは・・。
私はちゃんとやりましたから、ただ、あなたは答えてくれなかった。
それで私が地獄に行くというのなら、おかしいです。」
と心の中で叫んで祈りました。
布団に戻り、左のほうへ寝返りをしたら、その瞬間、右に白いものが見えた。
「あれ?あんな所に白いものなんて置いてないはず・・。」
と不思議に思い、振り向いた。
そしたら、白い服を着たイエス様が布団の右側に正座をして座っていた。
「やっぱり、いたんだ!」とイエス様のほうに手を伸ばした。
その瞬間、平安が川のように心の中に流れてきた。
今まで、それを味わったことのない私は、心地いいんだけど、少し苦しくなり、
それがどんどん水かさを増すように、自分の心の容量を超え、
おぼれてしまい、気を失ってしまった。

気付いたのが7時だった。
「あれ、イエス様は?」と思い、見回したがだれもいない。
あたりはすがすがしい透き通るようなきれいな空気で満ちていた。
本当にあった事か確かめようと思い、
父がいるかどうか探した。
父の出勤時間は7時30分。
朝ほんとうにケンカしていれば、もう家にいないはず。
してなければ、まだいるはずだから。
見ると、いなかった。母にも尋ねた。いないよ、と返事がきた。

部屋に戻り、思い返してみると、頭に新しい記憶が入っていた。
私の知らない記憶・・・。なぜか俯瞰(空から見下ろす)視点で見ていた。
イエス様と下を向いてだらんとうなだれた私がいて、
イエス様がだらんとした私になにかを話している。
たぶん、数時間話していたっぽい。
内容は、封印されているようで、私の生涯のことだと思う。
なぜかと言うと、たまに断片的に思い出すことがあるから。
(その出来事に遭遇した時、またはした後で、
その話した内容が出てくることがある。)

私の心は?というと、それまですごい失望していたのに、
全くガラっと変わって、揺るがない平安に満ちていた。
自殺する気は全く消えていた。
もちろん、自殺はそれ以降一切考えなくなった。
考える必要がなくなった。
神がそれを望まないのがわかったし、
私の人生に意味があるのがわかったから。


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