リーダー選び


現代教会の一番のリーダーとされるのは、「牧師」ですが、
初代教会と違い、神学校に通うと、基本的に誰でもなれてしまいます。

「教会史」の記録によると、初代教会、初期教会は、神の選び・・神の力の業・・証しが伴う者、
そして、聖書に卓越していて教える力のある者、
信徒たちの評判が条件でした。

当時は、聖書学校がありましたが、学んだ皆が教師にはなれず、
やはり、そこで、教えるのに秀でている生徒が選ばれて、教師に任命されます。
それは、わずかな人数でしょう。

現代は、これらすべてが欠如しており、
神学校で牧師になれてしまうシステムです。

なので、牧師による不祥事、支配があっても、不思議ではないです。
使徒時代ほど、条件基準が高くないからです。

しかし、現状、基本的には、神学校を出た者が牧師になるシステムです。
なる人も少ないですから、ここは、頑張って頂かないと・・ですね。
召しを確かなものとし、主が望まれている「良い羊飼い」になって頂きたいです。

たまに神学校を出てない人が牧師になるパターンもありますが、
それは神からの選びで、賜物が備わっているのでしょう。

・牧師の信仰面

牧師は、信徒の面倒みて、ケアをしますが・・してない所もあるけれど、
でも、牧師をケアする、上の立場の人、監督がいません。
使徒時代はいました・・。
毎日の祈り、聖書通読して、神との交わりができてない牧師もいます。

もっと深く言うなら、昔の「力ある業」を行えるか?です。
その時代は、それが、条件でしたから。
今はなくなった、という理由をつけるか、
何も起きなくても、とりあえず、やってみて、たまに起きるくらいでしょう。
後者の方に、イエス様時代、使徒時代くらいの信仰が備わりますように、主イエス様のお名前によって、祝福いたします!

・牧師の勉強量

牧師の問題は、学びが意外と浅いです。
時間がない、興味がない、というのがあるでしょう。
そんなに聖書知識は必要ないと思っていることもありますが、
ただ、教えに精通してないと、間違った事を教えたり、浅い教えしかできなくなります。
たえず、御言葉を研究し続ける気持ちが必要かと思います。
牧師や献身者など向けの深い学び会ネットワークがあれば、良いですね・・。

・人柄、対応

現代では、もともと評判の良い人がなるわけではなく、
神学校に行けば、なれてしまいます。
そうすると、人柄や対応の良い人がなっているわけではありません。

たいてい、男性ですから、どちらかというと、対人関係が得意ではない傾向の人がなってる事が多いです。
そうすると、やはり支配的になりやすいです。男性は、支配欲が強いですから。
支配欲が無い人が、なったほうが良いでしょう。
女性だと、性質的に、社交的な人が多いですね。

支配欲、富・・金、異性・・性欲にさほど惹かれない人が、
牧師、献身者、リーダーになると、誘惑やトラブルは少なくて済むでしょう。
基本的には、異性の場合は、一人で対応させないのが原則です。
面会する人と、同性の人を、一人くらいは置くのが理想です。

・女性牧師やリーダーの必要性!

現況、教会は、女性の比率がかなり高いです。
女性の献身者、牧師だと、けっこう発展しやすいです。女性同士だから。
そこを、男性牧師、女性信徒だと、ケアが難しいです。
同性同士のほうが話しやすいし、わかりやすいからです。
あとは、上記にも書いたように、
異性同士だと性欲の誘惑にさらされることになります。

異性を2人きりにさせない、のは基本ですが、
そもそも、同性同士であれば、問題ないです。
(同性愛者ならば、わからないので、両方いたほうが、いいかも。)

女性を中心に増やしていくと、すると、旦那さんや恋人が救われてくるから、
そうすると、男性リーダーたちの活躍の場ですね。

女性が多い時は、女性中心でしたほうが安全です。
なのに、現状、女性リーダーが少ないです。
女性で構成している教会は、発展していて、救われる人数が多いように見えます。
女性の新来者も、教会行って、男性牧師と話すよりも、女性・・牧師夫人や女性リーダーと話せたほうが、安心で、話しやすいです。

でも、中には、男性で、「男が苦手」という人もいました。
家庭内のトラウマで、女性と話したほうが安心するそうです。
そういう場合は、複数女性リーダーが対応して、徐々に男性リーダーに慣らしていきます。

・リーダーの資質
現代の教会の問題が、指導者による威圧や支配です。
イエス様は、仕える者になるように、要求されています。

ルカ
 22:24それから、自分たちの中で だれが いちばん偉いだろうか と言って、争論が 彼らの間に、起った。
22:25そこで イエスが言われた、
「異邦の王たちは その民の上に君臨し、また、権力をふるっている者たちは 恩人と呼ばれる。
22:26しかし、あなたがたは、そうであってはならない。
かえって、あなたがたの中で いちばん偉い人は いちばん若い者のように、指導する人は 仕える者のようになるべきである。
 22:27食卓につく人と 給仕する者と、どちらが偉いのか。食卓につく人の方ではないか。
しかし、わたしは あなたがたの中で、給仕をする者のようにしている。

この聖句は、大事な時、過ぎ越しの食事の場面で語られました。
いかに重要か?が、主イエスの想いが、わかるでしょう。

支配階級のある教会は、主なる神様の教会ではなく、
その支配者・・たいていは牧師で、牧師教になっています。
下につけたがるリーダーや、従わせたがる教会は、要注意です。
そういうピラミッド型の教会ではなく、逆ピラミッド型が、本当の教会の姿でしょう。

下に行くほど、偉く、人々に仕える者、しもべとなっている、謙虚である、これがリーダーです。
仕えてもらう者が、リーダーでは無いです。

怒りっぽい人、おしゃべりな人は、除外対象です。
使徒教父文書によると、リーダーは、無口なほうが、良いようです。
言葉で罪を犯すことについて、聖書では多くのことが語られています。
おしゃべりは欠損を招くなど。
激しやすい者と交わるな、と。

最近は、「牧仕」というネーミングを使う教会もあったりします。



パウロがテモテに書いた手紙から、その条件を見てみましょう。
(なかなか条件は、厳しいし、現状、これをクリアできている人がいるのか?ですね。
日本のキリスト教界の成長と共に、長い目で、寛容に見て、
育っていくのを祈りつつ待つのが、現状のようです。)

訳の問題もあり、役職については、不明瞭でわかりにくいかもしれませんが、
その場合、初代教会、初期教会の記録を見ると、当時、どんな役職、奉仕があったのか?がわかりますので、
初代教会の様子のページを、参考に、見てください。

1テモテ
3:1「もし人が監督の職を望むなら、それは良い仕事を願うことである」とは正しい言葉である。
3:2さて、監督は、非難のない人で、ひとりの妻の夫であり、自らを制し、慎み深く、礼儀正しく、旅人をもてなし、よく教えることができ、
3:3酒を好まず、乱暴でなく、寛容であって、人と争わず、金に淡泊で、 3:4自分の家をよく治め、謹厳であって、子供たちを従順な者に育てている人でなければならない。
 3:5自分の家を治めることも心得ていない人が、どうして神の教会を預かることができようか。
3:6彼はまた、信者になって間もないものであってはならない。そうであると、高慢になって、悪魔と同じ審判を受けるかも知れない。
3:7さらにまた、教会外の人々にも よく思われている人でなければならない。そうでないと、そしりを受け、悪魔のわなにかかるであろう。

 3:8それと同様に、執事も謹厳であって、二枚舌を使わず、大酒を飲まず、利をむさぼらず、 3:9きよい良心をもって、信仰の奥義を保っていなければならない。
3:10彼らはまず調べられて、不都合なことがなかったなら、それから執事の職につかすべきである。
 3:11女たちも、同様に謹厳で、他人をそしらず、自らを制し、すべてのことに忠実でなければならない。
3:12執事はひとりの妻の夫であって、子供と自分の家とをよく治める者でなければならない。
3:13執事の職をよくつとめた者は、良い地位を得、さらにキリスト・イエスを信じる信仰による、大いなる確信を得るであろう。

 3:14わたしは、あなたの所にすぐ行きたいと望みながら、この手紙を書いている。
3:15万一 わたしが遅れる場合には、神の家でいかに生活すべきかを、あなたに知ってもらいたいからである。
神の家というのは、生ける神の教会のことであって、それは真理の柱、真理の基礎なのである。
3:16確かに偉大なのは、この信心の奥義である、
「キリストは肉において現れ、霊において義とせられ、御使たちに見られ、諸国民の間に伝えられ、世界の中で信じられ、栄光のうちに天に上げられた」。



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